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人生最期の時を迎えたとき、自分がどのように最期を迎えたいのか、家族と話し合って共有することの重要性

みなさんは、自分が最期にどうしたいのか、どうされたくないのか、考えたことはありますか?

いつか訪れる最期をどんなふうに過ごしたいのか、家族で話し合ったことはあるでしょうか。

人間にはいつか寿命が訪れます。自分が寝たきりで意識がない状態になったとき、延命治療をしてほしいのか、そのまま自然に任せてほしいのか、家族にきちんと伝えておかないと、家族はどうしてほしいのか分かりません。

縁起でもない!と避けられがちな話題ですが、実はとても大切なことです。

医療や介護への意思表示とは?

医療の進歩によって、延命治療ができるようになりました。延命治療を受けるかどうかは本人の意思が大切になってきます。なぜなら、望まない治療をしても本人が苦しいだけだからです。

私の祖母の例を挙げさせていただきます。

祖母は口から食べ物を飲み込む機能が落ちてしまい、医師から胃ろうを作ることを勧められました。胃ろうとは、おなかに穴を開けてチューブを通し、そこから直接胃に栄養や薬を流し込む方法のことです。

祖母は認知症があり、意思疎通がまったく取れない状態でした。何か起こった場合、家族の希望で延命治療などは何もしないと医師に伝えていましたが、胃ろうの提案を聞いた息子(私の父)は「生きていてほしいから」という理由で胃ろうを造ってしまいました。

祖母はその後、老人介護施設で1年ほど生活していましたが、寝たきりで動くことも会話することもできず、足の筋肉が固まって縮まり変形し、友達と会話を楽しむこともなく、趣味の編み物ができることもなく、ベッドに寝かされたまま、毎日胃ろうから栄養を胃に入れられて生かされていました。

もちろん胃ろうは延命治療ではありませんので、栄養を入れることで体力がつき、元気になる人もいます。しかし、私の祖母のケースはその可能性はゼロに等しかったのです。私は今でも祖母はあの1年どういう気持ちで生きていたのかと思うことがあります。父がどう思っているのかは分かりません。

もし祖母が意思疎通ができているときにどうしてほしいのか確認を取っていれば、こんなことにならなかったと思います。無理やり生かされていたくないと言ったかも知れませんし、胃ろうを作ってでも生きていたいと言ったのかも知れませんね。

他にも、入院中に「自宅で最期を迎えたい」と、在宅療養になる末期癌の人もいます。亡くなった後でも、家族は「最後に自宅で過ごしたいという本人の希望を叶えてあげることができてよかった」と言う方はたくさんいます。残された家族も納得して見送ることができます

なので、本人の意思を確認することは本人にとっても、残された家族にとっても、とても大切なことです。家族がその人のためを思ってやってあげたいことをする、ということではなく、本人が最期にどう生きたいと思っているのかを知り、本人らしく最期を送ってもらうことが大切なのです。

本人の意思を確認するためには

切り出すタイミングはむずかしいですが、ふだんの会話の中で確認できるといいですね。

最初はどう切り出せばいいのか分からないと思いますので、例えば病気の発症が分かったときや、悪化したときなど、本人の病気が今後どのように進行していくのか話し合うときに話題にすると、本人も話しやすいですし、家族からも本人に聞き出しやすいです。

しかし、人の気持ちは日々変わっていくので、節目節目に話し合うといいと思います。

そのとき、医師や看護師を交えて話し合うことも大切です。

意思の確認が手遅れにならないために

もし本人が最期をどう過ごしたいのかをまったく確認していない場合、家族は突然「延命するかどうか」という難題を突きつけられます。本人がこれ以上辛い思いをしないようにと、延命しないことを選んだとしても、家族にとってはかなりの精神的な負担になります。

前もって本人の意思を確認していれば、本人が望んでいたから・・と本人が望むかたちで最期を迎えてもらうことができるのです。

まとめ

とてもデリケートな問題なので、家族の中でも話しづらい話題だと思います。こうしてほしいという意思をはっきりと言わない人もいますよね。その場合は、やってほしくないことだけでも確認しておくといいと思います。

家族も「こうしてあげればよかった・・」「あれでよかったのかな・・」と、いつまでも悔いが残ると辛いですよね。

なので、きちんと「最期はどうしたいのか」という意思表示をし、最期まで自分らしく、自分の望むかたちで過ごしたいですね。