以前の記事でも少し取り上げた「相続時精算課税制度」について、ここではより細かく解説していきましょう。
これは相続に関係する税制のうちのひとつであり、令和5年度の税制改革によって改正されたものです。
相続時精算課税制度とは?
「相続時精算課税制度」とは、いわゆる「生前贈与」の形態のうちのひとつです。
これは、60歳以上の年齢の親や祖父母が子どもや孫に対して生前に贈与を行うときに適用可能な税の制度です。なお、生前贈与を受ける側にも年齢制限があり、「18歳以上 」と定められています。ちなみにこの相続時精算課税制度は、制度を利用するためには、財産を受け取った側(受贈者側)からの手続きが必要です。
相続時精算課税制度の最大の特徴は、「財産を譲る側からもらう側に対して財産を譲る場合、2500万円までならば贈与税が非課税になる」という点です。相続発生時、この贈与財産を相続財産の価額に加算して相続税を計算します。
また、2023年の制度変更によって、さらに「年間で110万円までの基礎控除を設け、その分は相続税の対象としない」という制度も加えられました。なお、相続時精算課税制度と比較してよく語られるものに、「暦年贈与」があります。
暦年贈与も、相続時精算課税制度とある意味では同じ性質を持っています。暦年贈与は、「毎年一定額(110万円)を限度として、受贈者が贈与を受ける場合はそこに贈与税がかからない」という制度です。ちなみにこの暦年贈与は令和5年の税制改革で廃止されることも検討されていましたが、結果的には残ることになりました。
暦年贈与の場合、「年間で110万円までならば贈与税課税対象としない」としています。分かりやすくするために「1000万円を生前贈与する」と仮定しましょう。
1000万円を10年間をかけて、1年間に100万円ずつ贈与していった場合、贈与税が発生しません。しかし「1年に1度に1000万円渡す」などとした場合、非課税額分の110万円を大きく超えることから、その財産は課税対象として扱われます。ちなみに贈与税の利率は10パーセント~55パーセントです。細かい計算式は省きますが、贈与する財産の額が大きい場合、税率が50パーセントを超えることになるわけです。
事例(5000万円の場合)
5000万円の財産を持つ母親が、子ども2人に対して2500万円ずつを10年間にわたって渡そうとしたとします。
この場合、
改正前……2500万円までは贈与税の非課税対象となるが、5000万円が相続税の対象となる
改正後……2500万円までは贈与税の非課税対象となり、かつ110万円×10年分の1100万円は贈与税もかからなければ相続税もかからない
贈与税や相続税を考えるとき、今回の改正は多くの人にとってメリットが多いものだといえるでしょう。
ただし実際の相続や贈与に関しては、さまざまな条件も絡んでくるため、一概に「〇〇だけが正しい」と言い切ることはできません。個々の事例についてより正確な情報を知りたい人は、必ず専門職(税理士など)に相談をして、対策を講じるようにしてください。
ほかの税制度がそうであるように、相続時精算課税制度にもメリットとデメリットがあります。
ここでは、主に暦年贈与と比較しながら、相続時精算課税制度のメリットについて解説していきます。
メリット
「同じ年に1000万円贈与する」ということが可能
相続時精算課税制度では、「2500万円までの生前贈与ならば、非課税とする」としています。
この「2500万円」という数字をどうとらえるかは、それぞれの資産状況によります。
たとえば上限額である2500万円を暦年贈与というかたちで人に渡そうとした場合、そこには23年という長い時間がかかります。相続時精算課税制度とは異なり暦年贈与は「60歳以上にならなければ使うことができない制度である」という定めはありませんが、それにしても長い時間が必要です。
しかし相続時精算課税制度を選んだ場合は、「1年間で1000万円」「1年間で2000万円」などのように、まとまった財産を渡すことが可能です。そのため、「子どもが家を買うと言っているから、500万円程度を贈与税非課税で融資したい」ということもできるようになるのです。
贈与税が抑えられる
上で述べたように、暦年贈与の場合は贈与する金額によって納めるべき贈与税の割合が高くなります。場合によっては、税率が50パーセントを超えることすらあります。しかし相続時精算課税制度を利用した場合、たとえ2500万円を超えた場合であっても、贈与にかかる贈与税は20パーセントに抑えられます。つまり、多額の金額を贈与したいと考える人にとって、相続時精算課税制度は非常に使いやすい制度といえるのです。
自分の意志の決定によって財産を分けられる
これは相続時精算課税制度でも暦年贈与でも同じことがいえるのですが、「生前贈与」というかたちをとる場合、自分の意志決定によって「だれに、いくら渡すか」をある程度決めることができます。そのため、「遺した財産をめぐって、子どもたちが争いあう」「会社を次男に渡したいが、子どもが3人いるため死後にもめる可能性がある」などのようなリスクを減らすことができます。
デメリット
相続時精算課税制度にはメリットもありますが、デメリットもあります。それについて解説していきます。
暦年贈与は使えなくなる
相続時精算課税制度の最大のデメリットは、「一度でも相続時精算課税制度を選んでしまうと、二度と暦年贈与を選ぶことができなくなる」という点にあります。
たとえば財産が4000万円ある場合、相続時精算課税制度を選んでしまうと、2500万円までは非課税となりますが、残り1500万円は課税対象となります。しかし暦年贈与ならば、37年かけて年間110万円ずつ渡していくのであれば課税されることはありません。しかも暦年贈与には「60歳以上でないと贈与できない」という決まりがありません。このため、「日本人の平均寿命である84歳までに4000万円を渡し切ることを目的として、47歳時点から贈与を開始する」ということもできます。
対象者が限定される
相続時精算課税制度の場合、財産を渡す側の年齢が「60歳以上」と定められていますが、受け取る側も「20歳以上の子どももしくは孫」とされています。そのため、受贈者の範囲も限定されています。しかし暦年贈与の場合は。受贈者側にも制限が設けられていません。子どもや孫はもちろん、血のつながりがまったくない人であっても、これを選ぶことができます。
書類手続きが煩雑
暦年贈与の場合は、年間で110万円までの贈与の場合は申告を行う必要がありません。しかし相続時精算課税制度を使った場合は、受贈者側が税務署に申告する義務を負います。基礎控除に収まる110万円までならば申告不要ですが、それ以上になる場合は届け出を出す必要があるため、煩雑に感じられることもあるでしょう。なおこれ以外にも、ケースによっては不動産の取得にかかる税金が大きくなったり、一部の土地の相続税の評価額が(死亡時の相続と比較して)大きくなったりする可能性があります。
相続時精算課税制度は令和5年の税制改革によって改められた制度です。ただこれは、「暦年贈与に比べて、格段にメリットの大きい方法」とまではいえません。デメリットもあるため、その2つをよく理解したうえで、自分たちに合っている方法を選ぶ必要があります。